DIARY
2026年1月
1月1日 新しい音楽が鳴り始めてる
神は「乗り越えられる試練しか与えない」なんて嘘だ。
時に針はアウト側へ振り切れ、僕の脳の回路を焦がしながら、
それでも音楽は止まらない。
建前が正義になり、嘘が処世術になる世界で、
僕はうまく濁れない。
優しさも誠実さも、脳の不具合に増幅されて、
弱点のように露出してしまう。
「不幸の安売り」と笑われても僕の苦痛は値切れない。
ノイズまみれの脳の回路がまだ僕を生かし続けている。
生き延びるために今日を過ぎる。
今年の目標も「生き延びること」。
あなたも猫も、できれば僕も。
新しい音楽が鳴り始めてる。静かに、春の底で。
1月18日 久米宏さんに
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名アナウンサー久米宏さんが亡くなった。人によっては歌番組の司会のイメージが強いみたいだけど、僕には「ニュースステーション」の久米宏さんだ。
従来の堅苦しいニュース番組とは違って、エンターテイメント性も含めて視聴者の視点で作られた楽しいニュース番組だった。でもいまのワイドショー的なニュース番組と違って、報道局が制作して徹底したファクトチェックを行った。
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久米さんの言葉はいつも、戦争への強い反対表明、そして政治への疑問で貫かれていた。でも素敵な笑顔と朗らかな声と粋なユーモアで高い視聴率を取って、日本の世論を大きく動かした。
日本の「失われた30年」のうち20年間は、久米さんを失った日々だったと思う。戦争反対と叫ぶよりも、戦争に向かう空気を作らないことを訴えた。政治をもっと良くしてくれというよりも、これ以上騙されないでくれと訴えた。
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戦争に傾く空気への警戒、権力の悪用への断罪。戦争には表向きの大義名分とは別に、関係者の私利私欲のための裏の動機があること。「勝ち目がない戦いに、なぜ向かうんでしょうか」という発言は、戦争そのものへの疑問だ。「憲法は守られるためにあるんじゃない、守るためにあるんです」という主張の明快さ。
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特に印象的なのは、最終回の「民法は戦争を知りません、だからこそ戦争に加担してはいけない」「これからもそういいうことがないと祈ってます」と締めてビールで乾杯したこと。久米さんは好きなソーダを飲んで亡くなったという。昨今の日本の状況に嘆いて亡くなったと思うよ。天国か地獄かわからないけど、一度お会いして乾杯したい。
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