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12月8日 動かす力だ
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ベッドの中と週に一度の通院を繰り返す日々。私は当人比でわりと頑張った。3日は今川宇宙ちゃんの誕生日。急に取れたという中華系ライブハウスで突然パーティが決まった。宇宙ちゃんには「行けるか行けないかわかんない(おおよそ行かないパターン)」の返事をして、直前まで行かないつもりでいた。なんと...行ったのである。気力を絞り出して行ったというより、なんか風に吹かれるままにふらっと部屋をでちゃった感じか。部屋をでちゃったらまあ行くしかないのだ。何ヶ月ぶりかに電車に乗って、しかも新宿駅で乗り換えて。
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行ってよかった。宇宙ちゃんはつきあいが長くて、それだけに僕のめんどくさい病気でなんども困らせた。「これたの?よかったね」って笑顔で言ってくれて、「抱いてっ」てなった。最初はアコギ弾き語り。定番の「ワニ座流星群」の少し鼻にかかった心地いい歌声と、アイデアに溢れる曲展開。ずっと歌ってなかったって照れながら歌った「初めて書いた曲」には、あの頃の宇宙ちゃんとあの頃のアイデアが詰まってた。僕が初めて書いた曲はコードFとCだけだよ!
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美人で演技派舞台俳優でいい曲書いて歌も上手くて絵も上手くて文も上手い(あんまり書かないけど彼女の天才性は文章力が軸だと思ってる)。なのに人懐っこい。浮かぶ水鳥みたいに平然と、でも水面下では必死にもがいてるんだろうけどさ、持ち札がいちいち強すぎるんだ。久しぶりのお酒も美味しくて、いつも微妙に畏怖と緊張感のある宇宙ちゃんの世界に酔った。続いて誰もが本名はれいちゃんだと知ってる盟友、ズンドコほりえさんとの気の置けないお喋り。仲良しの女の子が楽しそうに話してる姿に、おおよそ全ての芸術は敵わない。
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最後はバンド編成で。宇宙ちゃんピアニカも吹く。やっぱりバンド楽しそうだな。僕に少しの社交性と社会性があったらまたやってみたい。特に「Woman "Wの悲劇"より」のカバーには、あんまり見せない大人の女優の宇宙ちゃんがいた。さいごはほりえちゃんも交えてパスカルズのカバー。帰りの電車では死ぬかと思ったけど楽しかった。
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6日はいつのまにか東京にきてた萩本彩羽の初舞台(厳密は初舞台は4日?)。配信で僕がずっとマネージャーをやってた子。いたずらそうにボケっとドジっ子の顔を見せたと思ったら、ふとした瞬間の表情が美しい。でもやっぱりポンコツでほっとけない。なにより漢字が読めない。僕は彼女に漢字ドリルを送りつけたことがある。それくらいには読めない。初舞台の話を聞いて、いま台本にフリガナ振ってる?って聞いたらやっぱり振ってた。
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多くのライバーが高校を卒業すると「学問との両立を」って言い出して、気がつくと体重の殆どを学業に乗せてるのに、彼女が東京に来て、本格的に役者の道を進んだのが嬉しかった。初めて画面越しじゃなくて生で会った彩羽は「ちっちゃい!」。公称150cmだけどほんとは149cmなのってサバの読み方がしょぼい。舞台は幽霊がいっぱい出てくるけど怖がらせるつもりが1ミクロンもない青春コメディ。出会いと別れと「I Will」のお話だ(タイトルはStarting Overだった)。知らない劇団だったけどいい舞台だった。
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そして彩羽は彩羽を見せず、太田義子だった。彩羽のようで彩羽じゃない、役の子だった。昔劇団に参加して、いろんな子の初舞台を目撃してきたけど、段違いだった。ちょっと...やられたなこれは。いい役者になりそうだ。僕にとってはほんとに特別な子で、全面的に応援する。ロビーで再会するとやっぱり彩羽で、女はみんな女優...と。いろんな意味でだいぶひきこまれたぞ。四半世紀前に出会ってたらGW前に告白する。と言ってから気がついた、24じゃない34歳差なのだ。おおん僕の53年は何事も成し遂げなかったな。
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で、現実。僕はいまかなり危機的にカネがない。お酒の数、PASMOのチャージ額を緻密に計算しないと詰むくらいにはカネがない。大量のレコードとCDと本を適切に売って、家賃が半額くらいの部屋に越さなくてはならない。でも未来が不安で不安で布団にうずくまってしまう。何人かの人に連絡して呆れられた。N氏だけは手伝いに来てくれることになった。N氏にも呆れられないように、来る前にここまではやったんですよと言いたくて6時間本を積んだ。出来上がったカネの...段ボールの山。後半はぜんぶN氏がやりました。私は腰が死んだ。自転車操業でこれ延々とやらなきゃなんないけど、とりあえずエンジンは起動した。あとは「さもしい顔」してはにゃはにゃー、障害者年金生活である。
12月5日 果てしない孤独は加速する
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僕は果てしない孤独の中にいる。脳という臓器の病気で、時に奇異な言動が「症状」によるものなのか、「人格」によるものなのか、自分でも判別できない。周囲の人々は「人格」によるものと断定して、侮蔑の言葉を吐いて去っていく。かくして私には家族も親族も友人も恋人もまったくいない。
ヒトは群れをなす生物だ。切実に会話をしたい。僕の実家は東京都心にあって、実家だけに広さもあって、両親を亡くしたあとにそこに独りで住んでいた。僕の力ではなく部屋の立地と居心地で、友人がきて酒を飲んで音楽やココロを語ることもあった。
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その部屋を維持できなくなって、多摩の奥地に越してから、ほとんど誰もこなくなった。コロナ禍が追い討ちをかけた。その間、僕は某女子大の心理学研究室のカウンセリングを受けていた。
厳密には「お悩み相談」。医学的な資格のない相談員さんに、その週に起きた困難を話した。それだけでも救われた。でも相談員さんの事情でキャンセルが増え、ついになんの引き継ぎもなく「お悩み相談」ごと消滅した。
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その後転院して、病院の専属のカウンセラーさんにかかるようになった。患者からみてもプロフェッショナルで、カウンセリングを受ける時間が楽しみになった。
それだけではない。存在理由を完全に失っていた僕が、もう少し人生をやってみようかと思えるほどには回復の過程にあった。でもそのカウンセラーさんが1年間の産休に入ることになってしまった。病院には別のカウンセラーさんはいない。もちろん子供を授かるのは素晴らしいことだ。生物の使命は自分のコピーを残すこと。一方で人間は社会を作り、社会に貢献する生き方もある。それも素晴らしいことだ。その両方とも、僕はもう叶えることができない。
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主治医は信頼できる人物だけれど、よくある5分診察で薬の調節の話だけをする。私的な会話をする相手が、ついにまったくいなくなってしまった。これからどうなるのか想像もつかない。とにかく不安で不安で不安で不安で不安で不安で不安で不安でしょうがない。
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