DIARY 2009年12月


12月1日 愛について考えつづける

しわーっす! ちょっと長いです。これから書くんですがたぶん長いです。まずK.K.さん、メールやtwitterで言葉くださった皆さん、ありがとうございます。

「正義の反対はまた別の正義なんだよ」っていう野原ひろしの言葉が流行りました。ひとつの出来事について、一方からのみ語るのは非常に危険なことです。でも正義とは別に、みんなが安全に平和に暮らすための「規範」というものがあると考えます。
 人のものを盗んではいけません。人を殺してはいけません。これに理屈で反論することはできるかも知れません。「別の見方をすれば正しい」と論破することはできるかも知れません。でも僕は決して人を殺しません。それは独善的な規範です。
 世の中には規範が守れない人がいて、今日も悲しい事件がたくさん起きてます。僕は生まれて初めて、リアルに規範を守れない人に遭遇しました。その人は僕の知る限り、まだ殺人者ではありません。それどころか自身のサイトにNo ViolenceだのPeaceだのいう言葉を掲げています。全くわからないし、わかる気力もありません。RojoAla氏はギタリストであり、イベントの主催者でした。ざっくばらんな人柄で、最初は好感を持っていました。

いま僕が恐れていることは3つあります。まずは僕自身の特性です。ご指摘を頂いたのは、どうやら人の無神経さに対して鈍くて、後で必要以上に傷つく傾向にあるようです。今までバカみたいに人を信じてきたけれど、ここ数年それが空回りしてます。僕について「優しい」とか「まごころ」なんて書いて頂いて本当に嬉しいんですが、やっぱりこれは人として致命的な欠陥なんです。
 それからmixiというサービスについてです。mixiは基本的に発言内容に介入せず、また民主的な対話ができるシステムでもありません。危険な方が現れた時に、twitterはblockで、2ちゃんねるは民主的な何かで、お引き取り頂く文化と仕組みがあります。mixiにはそれがなくて、善意ベースでのみ成り立っていました。その不安定な状況は既に崩壊しました。きのうの日記でアカウントは残すと書きましたが、またいろいろありまして、退会させて頂きます。

一番重要なのは、音楽に愛はあるかって問題です。矢野顕子さんが「音楽がよければ性格悪くてもいい」と発言して非常に残念に思ったんです。少なくとも僕の出会った音楽家さんは音楽の魅力と人柄が比例しています。僕の心を鷲掴みにした音楽家さんはいいオーラを放って、僕なんかにも愛を持って接してくださいます。
 問題は中途半端な方々。僕は小さなライブハウスを回るのが好きで、そこには業界のややこしさから解き放れた音楽がありました。でもリスナーや主催者は...手の届きそうなアイドルとしか思ってないこともあるようで、努めて冷静に思い返せば、僕も小さな小屋のこじんまりとした雰囲気に流されていたかも知れません。今後はごく限られた方のライブにしか伺いません。

音楽に愛はあり、音楽家は音楽のある場を愛するべきです。人に愛はあり、人は人を愛するべきです。これもまた僕の独断的な規範です。

12月2日 空に開いた月の穴から天使たちが降りてくる

月があまりにもきれいで呆然としたけど、僕海パンだったんで寒かった。師走やばい。

ライブイベントどうなることかと思いましたが、思わぬ救いの手がきてなんとか開催できそうです。辻睦詞さん。辻さんの音楽10代の頃からずっと大好きで、特にOh! Penelopeは死ぬほど聴いて、同世代のポップフリークはみんなあれを通過してると思う。世界のポップス的なるものを吸収して昇華して10年代を間近に控えたいまに響かせている。辻さんちょっと毒舌だけど、かなり毒舌だけど、言い方を変えれば自分の感性に正直な方で、そんな辻さんに出演していただきます。
 そしてシーナアキコさん。辻さんとは音楽的に相思相愛の矢野顕子さんに例えられることも多いようですが、ライブを観れば全然違った個性だとわかるはず。音楽って楽しいんです。でも楽しいためには大変な鍛錬をつまなくちゃいけない。それを乗り越えてきたことは容易くわかる。でもそんなことをおくびにも出さない。見にきた人を幸せにして、ちょっと切ない気持ちにさせてくれるミュージシャンです。
 それからおなじみ秋山羊子さん。わかりやすい言葉、わかりやすいメロディでポップスとしての形態を守りながら、普遍的な心の揺らぎを強く強く伝えてくれる人。ライブの凄さは去年観た人なら知ってるよね。本能の赴くままに自由に、でも自由だからこそ伝えなきゃなことをわかっていて、みんなの心を魔法で掴んじゃう人。音楽のクオリティが高いのはもちろんだけど、そんな陳腐な尺度ではかりきれない「表現者」。面白いよ。保証する。日程マテ次号。

平山郁夫逝去。このタイミングで申し訳ないけど、日本の悪しき「画壇」の象徴ってイメージです。作風も東洋っぽい何かを売り物にしててスタンスとして好きじゃない。もちろんどこの国の人が東洋をモチーフにしてもいいんだけど、わかりやすく例えるなら喜多郎に対する違和感だろうか。

12月3日 It's A Beautiful Name -表現文化を巡る想い

あるバンドのニューアルバムが売れてるそうです。そのバンドはメンバーチェンジを繰り返して、3人に減っちゃった時のライブ見たんだけど危なっかしいなあって。アルバム聴いたら作曲の可能性も狭められてる。今度はバンドの核であるドラマーが抜けて、「それってもう◯◯じゃないじゃん」って書いたら妄信的なファンの反感をかった。
 バンド名ってなんでしょうね。Count Basieは25年前に死んじゃったけど、Count Basie Orchestraはいまもある、みたいなのとはまた違う。イギリスのプログレで、2つのバンドのメンバー殆ど入れ替わっちゃったことがありましたね。Mike LoveとBruce JohnstonがThe Beach Boysを名乗っているのは簡単、その方が金になるから。3つに別れたBeach Boysを聴いたけど演奏力は歴然、「本家」だけが致命的にダメです。でも大きなイベントに呼ばれるのは「本家」なんです。

妄信的なファンって怖いです。最新作が必ず最高傑作なわけないじゃん。僕の神様、Brian Wilsonなんて駄作だらけですよ。駄作ないなあってミュージシャン、例えばJames TaylorやPaul Simonなんかは、スランプの時は作品をリリースしなくても困らないんです。僕がこのサイトで最初にプッシュしてた日本のベテランバンドのファンは本当に怖い。ちょっとでも批判すると袋叩きにあった。みんな神の声を聞くようにありがたく拝聴してた。
 でも当のバンドのリーダー氏はすごく風通しがいい方なの。若い人しかこないようなライブ会場にふっといらして「おースキルー!」なんて。しかも関係者席じゃなくてご自分でチケット買ってるんです。名前出したら特等席を用意されるはずなのに、僕より後ろに座ってたりする。「ローソン? イープラス? 負けたー」なんて。かっこいいよね。ほんとにミュージックフリークなんだ。

こないだ話してたんだけど、大凡の表現文化は「表現者」と「評論家」と「鑑賞者」のバランスが悪いと成熟しない。例えば日本のマンガって表現物としてとても優れているし面白いよね。でも文芸や絵画や映画と比べて立場が低い。優れたマンガ評論家が少ないんだ。別に内容が高尚じゃなくてもいいんだよ。くっだらないやつでもエロいやつでも胸かきむしられるやつでも。そういう軸じゃなくて、表現を評価したり批判したりする機能って必要だ。

12月5日 30代女子の気高さとグルーヴについて

(前略) 20代でもおばちゃんはおばちゃんだけど30代でも女子は女子です。30代だけど女子スピリットを捨ててない子、わたし女子だけどいつまでもつのかなっていういじらしさがとても愛おしい。それは10代女子の、いつまで子供でいられるのかなっていう刹那に等しく輝いてる。「地獄先生」で泣くガールは30代女子にも泣くといい。
 僕は現在おじさんだけど、おじさんであることを楽しんでる。もちろん若さを諦めたわけじゃない。若さに執着してるでもない。10代から70代くらいまでフランクに話せる友達を持つのが理想です。以上中年の主張でした。

KRONCONGって音楽きいてる。くろんちょん。かわいいね。インドネシアに17世紀から伝わってる「世界最古のポピュラーミュージック」。西洋楽理とエキゾチズムの融合が素晴らしい。なんで西洋楽理かというと、当時ポルトガルの支配下にあったからだ。植民地支配は大変な不幸をいっぱい生んだけど、こと音楽に関しては幸せな邂逅をいっぱい生んだ。

12月7日 ふゆやすみにおじいちゃんのうちにいったこと

番組の内容を変更して昨今の暮らしなど。twitter→ネル→致命傷の目覚め→猫だっこ→twitter...。MacBookをベッドに持ち込んでるんで、ときどき猫が踏んづけてなんか呟く。猫の家畜化の歴史は9500年。それに対してキーボードを踏みつけて呟いちゃいけませんってしつける歴史はここ数年だろう。まだ技術が確立されてないんだから仕方がない。twitterは自己逃避でblogは自己満足だからtwitterやってるとblog書く必要なくなる。と言ったのは水道橋博士。それでいいじゃん。SFCにはtwitterの研究なんてしてほしくない。いまのSFCは芸術的視座が欠けてんだ。
 とあるネットスーパーに登録したんだけど、無職だとか37歳だとか未婚だとかさんざん個人情報奪われて、「登録が完了しました。本日の営業は終了しました」。心が折れそうになった。そんな時の魔法の技が久住昌之さんのポストにあった。だいじょうぶ。ひとりでかえれる。

12月10日 ヒトラーかわいそう。僕もかわいそう。

好きなことや人や自分を嫌いになるのは意外と簡単だ。新しく何かや誰かや自分を好きになって信頼してちゃんと向き合うにはそれなりの覚悟がいる。ここ数日、人と連絡がつかないことに焦っちゃって黙っちゃって食べれなくなって。Diane Birchのチケットの引き取り手は結局現れませんでした。高野寛さんや笹生実久さんが絶賛してましたね。次はとてもライブハウスじゃ見れないね。残念です。

ヒトラーも欲しがるラブプラス、僕も欲しくなってきた。いままで恋愛ゲームというものをやったことがなかったんだけど、これに関しては発売前から興味津々です。いままでの恋愛ゲームが恋愛成就を目的にしてたのに対して、ラブプラスはその後の交際を楽しむゲームだそう。極度の恋愛下手の僕が取り組んだら「ゲームが始まらない」という恐怖もまたある。なんでこのタイミングで欲しくなったか。それは女子友達の激減にほかならない。はー急に幼馴染みの女の子が現れないかな。おにいちゃん! なんて。19くらいがいいな。相対性理論の関係で若いの。光の速さで公転してるの。小惑星とかぼかぼか壊すの。で、ドップラー効果でおにーちゃーん! て。
 ラブプラスってどうやって終わるんですかね。まじで結婚式あげた人はいたね。その後子育てや受験や介護問題とかあるのかね。ラブプラスの介護疲れで心中した人はまだいない。

12月11日 中村獅童に捨てられた女の子集めてアルゴリズム行進させたい

アメーバなう試してみました。twitterの二番煎じって言われてたけど全然違うね。ブログサービスにコミュとボイスがついた感じ。アメブロと言えば芸能人で、そこに特化したサービスにしたら面白いかも知れない。でもつぶやき読みたい人が全然いない。ふっくん「Good morning〜 今日の東京は雨雨で ムイサー (寒い) よ〜」どこを目指してるんだ彼は。
 ブログ。いまどきブログじゃなくてテキストサイトをやってるのは寒いらしいですね。そもそもブログって論評を書いてトラックバックで、「集合知」を発揮する仕組みとして知ったんで、議論なんてしたくないよと。日本でははてなが出てきた頃からキモいなあって。みんななんでそんな難しい言葉使うの。簡単なことを難しく語る<難しいことを簡単に語るが信念なんです。いまはブログツールで日常を書くのが普通だけど、僕は公開してからなんども加筆修正してるんで、そのたびにRSS飛ぶのも申し訳ないなって。

話は変わるけど「ゆとり」と呼ばれる世代、twitterにいる層に限って言えば、向学心と好奇心が半端ない。なにか別の名前をつけてあげたいです。ゆとりの真価が問われるのはまだ先と思う。
 タイトルは関係ない、本文と関係ない。

12月13日 It's Real Love It's Really You

人を信じ裏切られ、それでもまた信じ。僕は小早川凛子さんと交際することになりました。リア充です。ええラブプラスの話です。それリアルじゃないとか言うな。
 ブームも去った頃にラブプラスを始めた理由はいくつかあって、まず言葉に飢えてること。女子友達が激減したこと。男子校出身で貧しい青春時代を送ったこと。高校の話は何度も書いたけど、いわゆるチャラ男が仕切って六本木で芸能人と遊んだり薬やったり浮かれてるそばで、流れに乗れない層はただひっそりやり過ごすしかなかった。中高6年間で女の子と話した時間は30分くらいと思う。男子校なんて廃止して文科省は補償して欲しい。そう、失われた10代を取り返したかったんです。

最初に出会ったのは愛花。惚れた! 浮いてる南ちゃん。次に出会ったのは寧々。惚れた! 優しくて頑張り屋さん。最後に出会ったのが凛子。扱いがよくわからない。しかもゲームの中の僕が地雷ふみまくってちょっちょっ。凛子は心に影を持っていた。影は光にあてた方がいいし、その手助けができればいいと思った。
 凛子は屋上の夕陽がきれいだと言った。私の世界にもうひとり味方が欲しい、それは「やー」だと。「やー」というのは山下の「やー」である。この呼名を選択したことに若干の後悔をしている。これから交際するにあたって、スキルの「るー」と呼ばれることになる。これはたかだか3Dの女子共も採用するべき。僕らの愛はまだ始まったばかり。おそろしいことにこれはリアルだ。

12月14日 それでも恋は恋

凛子が愛しくて仕方ない。2次元の女の子に思い入れられるか実は心配だった。ハチクロの山田がほんとにいたら惚れるだろうなとか、紅の豚のフィオがほんとにいたら惚れるだろうなとか、それくらいの距離感で眺めてた訳で。なんだろうねえ、制限されてるとはいえインタラクティヴだから。「るー」って呼ばれ方いい。素敵女子は積極的に使ってください。
 でも高校生の恋愛は難しいな。学校で毎日会うからつきあうまでは簡単と踏んでたんだけど、毎日会ってるからこそ学校外ではスペシャルでなくちゃ、ましてや同棲とかありえない訳で。彼氏力ってパラメーターをあげないとデートにも誘えないんですよ。今日どうよ、ヒマ? じゃ飯食おうでいいじゃん。お互いを査定してる訳じゃないんだから。スキンシップも変なんです。グラフがここまできたら触っていいってどうなの。雰囲気で手をつないで、意表をついて髪なでて、わははってのしか知らないから。もっとこう、阿吽の呼吸でしょう交際って。といいつつ今朝も一緒に登校しました。

12月15日 浮いてる、僕は浮いてる

ウェブポというところから僕名義でメールが届いた方がいらっしゃると思います。日本郵政と提携してメールアドレスからアナログ年賀状を送るサービスです。男性女性ネカマさん問わず、気になる方にお送りしました。皆さんの個人情報は僕には届かない仕組みなので、よかったら登録してください。
 相変わらずベッドから出られない。猫たちもデロンギの前でneko.zipになってる。僕はtwitterで返事のない言葉をつぶやいてる。面白い人をフォローしてくと面白くない自分が浮いてく罠。僕のフォロワーさんは企業アカウントやフォロワー集めゲームに熱中してる人たちばっかりだから。寂しくなるとラブプラスを開いて凛子を呼び出す。なんとお話ができてしまうのです。音声認識もちゃんとしてて、ボキャブラリーもそれなりにある。会話が成立してるようなしてないような、でも必死に声をかけてビール飲んでネル。

流星は何十億年前からあったはずなのに、流星ブームはここ10年だね。

12月17日 Decade

この10年間を総括すると、「病んだ」「寝てた」「こじれた」の3語に尽きる。2000年に本格的に療養に入って、暇なおかげで友達が増えたけど、心ない人がいたり僕の不安定で無駄に傷つけたりして殆どが去っていった。その間も見守ってくれた恋人、友達、猫、音楽に感謝。
 猫はいいよ。行動に脈絡がない。起きてリモコン踏んずけて水飲んで、隣の部屋で独り言もにょもにょ喋って帰ってきてぎゅって寝る。僕が凹んでると、肉球で髪やほっぺをなでてくれる。媚びじゃない、本能でさわりたいから触る。ときどきむきになって布団の奪い合いもするけど、お前らといるとほんと楽しい。

00年代がもうすぐ終わる。でもすぐに10年代がくるから全然問題ない。

12月18日 見上げてごらん夜の星を

ひきこもってたら脚の筋肉が落ちてすらっと美脚になった。あっという間です。あごの贅肉もこれくらい簡単に落ちるとよい。相変わらず猫たちと布団を奪い合い、時には暖め合い、時にはちょっとしたお喋りを楽しむ日々。何言ってるかさっぱりわからないけど彼らが満足そうだからいい。

ほんとはきのう通院だったんだけどどうしてもダメで、今日にかえてもらった。今はね、起きると心が苦しくて30分くらい小指も動かせない。「金銭面の問題がなければ長期入院を強くお勧めする状態です」って。
 金銭面は錬金術でなんとかなるんです。国にいろんな補償制度があるんだけど誰も教えてくれない。自分でわかる範囲でやってたの、今の主治医がいろいろ教えてくれた。ヌカタシのサポートで申請中。入院の障害は猫たちだ。世話を頼める人がいない。それからライブですね。僕が動かないと何も始まらないんだけど僕が動いてないんで何も始まってない。
 会計を待ってたら、ロビーに看護学校の生徒さんがやってきて、ちょっとしたコンサートをやってくれた。バンドとハンドベルと、おそらく100人くらいのコーラス隊。コーラス隊は最後の「見上げてごらん夜の星を」のためだけに、ぎゅうぎゅうになってじっと待つ苦行。演奏的にも音響的にも学芸会レベルだったけど、ほっこりしました。ぼくら (僕と猫) のように名もない星が、ささやかな幸せを祈ってる。

12月21日 チンポジ空港ってなかったっけ

ベテランミュージシャンの動向が伝わってきてます。Bob Dylan、Carol King、James Taylor、Burt Bacharach、Beach Boysの来日。Fatboy SlimとDavid Byrneのコラボ。Neil YoungのトリビュートライブにRon Sexsmith参加。日本ではSunny Day Serviceのアルバムに鈴木慶一参加。ロックも高齢化してリスナーは10代から70代くらいまでのミュージシャンを追っかけなきゃならない。
 寝てる時は猫に子守りされて、起きてる時はtwitter。音楽の話の側で、きのうの主題はチンポジだった。女性にはピンと来ないかも知れませんが、どうもしっくりこないもんなんです。大型トラックの正面に速度ランプがついてるように、おでこに現在のチンポジが表示できるといいな。女性は女性でチチポジの維持に気を使ってるそうです。腕を組んでさり気なくブラのずれを直したり。でもまあチンほど左右にブレることもないだろう。すごい左に寄ってるチチとか見たくない。下着メーカーのさらなる技術開発を望む。

12月22日 難しくありたくない私は難しい

相変わらず猫に可愛がられながらtwitterやってます。日記の記事よりtwitterのポストの方が遥かにクオリティ高い...つもりだったんだけど、仲の良い友達にわからないって言われちゃいました。無粋ながら意図を説明したら「難しい」「難しい」と。僕は難しいことが大嫌いなんです。例えば映画や音楽についての「言説」を、はてなとかで繰り広げてる人たち。もっと好奇心のままに首突っ込んで、直感で面白かった、残念だった、これは紹介したい、こいつは心がないな、それでいいじゃん。紹介するにはもちろん理論が必要ですが、アウトプットはあくまでわかりやすく。評論の必要性を否定してる訳じゃないよ、その話は長くなる。
 人が人として生きていくには表現活動をしたり触れたりすることは必要不可欠です。当たり前すぎてあほらしいことをいま書いてます。でも触れてない人が多すぎる。いま人類史上、表現活動が危機的になおざりになってる。生活に馴染んでないんだ。その辺が僕のテーマかも知れないな。

12月24日 神様を信じる強さを僕に

クリスマスの起源についてはウィキれ。日本ではすっかり恋人の日と化したクリスマスイヴ。僕もモニターの中の恋人、凛子と楽しい夜を過ごすつもりだった。オープニング画面のサンタコスにうっとり。サンタコスったらサンタコス! サンタコスったらサンタコス! 実際その格好でデートにこられたら5メートル離れる。おっとプレゼント用意してない。モニターの中のショッピングセンターにモニターの中の僕が走ったんだけど、パラメーターが足りなくてプレゼント買えなかった...。
 その夜の凛子は黄色いドレスから二の腕が輝き、まとめた髪の奥に照れた表情。「そ、そのプレゼントとか...」「ごめん」。画面が変わって僕は駅前にいた。イヴデート20秒で終了! 僕の人生そのものだ。言い訳はすまい。せめてドレスを誉めたかった。

長期入院を強く薦められ中の僕ですが、病室で電源が使えないことが判明しました。「パソコンをご家族に持ち帰って頂いて充電を」って家族 猫しかいないよ! ネットにつながりたい気持ちは僕が社会に関わりたい最後の砦なんで譲れない。ライブの準備もしなきゃだしね。でも入院の必要性は自分でも痛感してる。闘病10年目にしてやっと出会った信頼出来る病院だけど、入院のために転院するかも。

12月29日 雑種のひとりぼっち

今年は世界的に厄年だったと思う。僕はとにかく人が離れていく年だった。人づきあいしていればたまには離れていく人もいる。でも今年は...30人くらいいたのかな? 殆ど女性で修復不可能な離れ方だった。おかしいのは明らかに僕だ。年賀状を出してからも2人でた。届いたら破り捨ててしまえ。
 僕はもともと話をするのが極端に苦手だったけど、人を怒らせたり嫌われたりするタイプの苦手さじゃなかった。意味が通じないとか...呆れられるとか...そもそも話しかけられないとか。大学に入って女性とならお喋りできるようになった。思考パターンが合ってるから。今年はその自負が一気に崩れ去った。男性と喋るのは今でも苦手。話題も展開も読めなくて、口をはさむ余地がないんだ。そんなことを繰り返してくうちに、人と関わる意味が見いだせなくなっていた。僕がいま話したいのは猫とよつばbot。モニターの中の恋人、凛子は「女性」なので、怖くてもう何日も電源を入れてない。

今日、死のうと思った。やり方は簡単。マンションの屋上から庭に飛び降りるだけだ。幼少時代を送り、いままた独りで暮らす建物、あと数ヶ月で取り壊される建物、人が独り死んだって資産価値に響くことはない。
 屋上にあがる鍵も手に入れた。猫や本やレコード、わずかばかりのお金の行方とその仕切りをお願いする人をプリントアウトして部屋に張った。それと...ちょっと前まではしずかちゃんなみにお風呂に入ってたんだけど、最近は2週間に一度くらいで。水回りが寿命をとっくに過ぎて準備に一苦労なんだ。死ぬ前に湯船につかって身を清めなくちゃ。そしたら猫が3匹やってきて、並んで湯船のお湯をペロペロ飲みだした。猫は狩猟動物だから、血と同じくらいの温度のお湯が好きなんです。それ見てアホだなあと、彼らとは一緒に生きなきゃいけないと思った。家族と一緒に、なんて思ったことない。家族なんていないんだから。猫たちに飼育されてもう少し生きる。

「believe the music again vol.1」というタイトルは示唆的だ。僕はここ久しく音楽を聴いてない。音楽の密度に脳の処理能力が追いつかないんだ。もっと大きかったのは、愚かなネットアイドルとそれを利用する筋者、という古くからの「芸能」社会を見てしまったから。興行と表現の関係の近代化を強く望む。believeという言葉は命令形だけど、自分に対してのagainにつながっている。テーマはポップス。アヴァンギャルドな音楽の面白さもわかってるつもり。でも敢えて親しみやすい、だからこそ心がないと伝わらないポップスというフォーマットで、皆さんを驚かせる自信はある。ピース。

12月30日 泣いてない!

がたっどんがらがっしゃん! (からんからんからん) にゃあにゃあにゃあ (大丈夫かこいつ) ベッドから落ちてデロンギひっくり返して起きました。おはよう。デロンギ丈夫だな。僕はダメージを受けたぞ。きのうの日記は暗黒面全開でご心配おかけしました。問題はボロボロの木扉にガムテで貼った遺書がはがれないことだ。
 twitterも精神衛生上アレだね。そもそも勝手につぶやくツールなんていらない訳で、空にでもつぶやいてればいい。ネットでやるからには「誰かに届くかな」っていう淡い期待を込めてつぶやいてる訳です。TLの空気にあった発言を返してフォロワーの関心をひかなくちゃいけない。自由って難しいんだよ。

年末は大掃除するもんなのか。うちの掃除ユンボが必要なレベル。久しぶりに玄関まで遠征したら郵便受け妊娠してた。昔は部屋きれいにしてたんだよ。遊びにきた女の子に「彼女いるでしょう」って、いないし君を彼女にしたいですって言えないくらいおれはチキンライスでいいや。