DIARY 2025年12月


12月5日 果てしない孤独は加速する

僕は果てしない孤独の中にいる。脳という臓器の病気で、時に奇異な言動が「症状」によるものなのか、「人格」によるものなのか、自分でも判別できない。周囲の人々は「人格」によるものと断定して、侮蔑の言葉を吐いて去っていく。かくして私には家族も親族も友人も恋人もまったくいない。
 ヒトは群れをなす生物だ。切実に会話をしたい。僕の実家は東京都心にあって、実家だけに広さもあって、両親を亡くしたあとにそこに独りで住んでいた。僕の力ではなく部屋の立地と居心地で、友人がきて酒を飲んで音楽やココロを語ることもあった。

その部屋を維持できなくなって、多摩の奥地に越してから、ほとんど誰もこなくなった。コロナ禍が追い討ちをかけた。その間、僕は某女子大の心理学研究室のカウンセリングを受けていた。
 厳密には「お悩み相談」。医学的な資格のない相談員さんに、その週に起きた困難を話した。それだけでも救われた。でも相談員さんの事情でキャンセルが増え、ついになんの引き継ぎもなく「お悩み相談」ごと消滅した。

その後転院して、病院の専属のカウンセラーさんにかかるようになった。患者からみてもプロフェッショナルで、カウンセリングを受ける時間が楽しみになった。
 それだけではない。存在理由を完全に失っていた僕が、もう少し人生をやってみようかと思えるほどには回復の過程にあった。でもそのカウンセラーさんが1年間の産休に入ることになってしまった。病院には別のカウンセラーさんはいない。もちろん子供を授かるのは素晴らしいことだ。生物の使命は自分のコピーを残すこと。一方で人間は社会を作り、社会に貢献する生き方もある。それも素晴らしいことだ。その両方とも、僕はもう叶えることができない。

主治医は信頼できる人物だけれど、よくある5分診察で薬の調節の話だけをする。私的な会話をする相手が、ついにまったくいなくなってしまった。これからどうなるのか想像もつかない。とにかく不安で不安で不安で不安で不安で不安で不安で不安でしょうがない。

12月16日 音のかけら

日本のヒットチャートのますますの劣化と若者の音楽観の狭さに胸を痛めて、こんなMix音源を作りました。


音のかけら、時間の海
-SUKIRU-SUN’s Tides of J-POP 僕を育てたJ-POP

BR> 2音のかけら、世界の空 -SUKIRU-SUN’s Skies of World Hits 世界を旅するヒット曲


3 音のかけら、交差する響き
-SUKIRU-SUN’s Echoes of Now いま聴いてほしい音楽-


音のかけら -A Young Person's Guide To Pop Music-
解説と僕の想いと歌詞と音源へのリンクがあります

僕は40年前からお気に入りの曲を編集して人に配るのが好きだったの。自分で作曲したり演奏したりってこともしてたけど、だいたいわかった(才能がないことが)。で、経済的に破綻して、配るのはこれが最後かなって。いままでは1本1週間くらいで作ってたんだよ。これ3本で8ヶ月くらいかかった。難産だった。
 最後だからっていう自分にかけたプレッシャーもあった。けど最後だから挑戦したくて、初めてAIを導入した。選曲の相談、曲順の相談、編集の相談、歌詞の和訳...。これでわかったのは、AIは使えないということだ。

まず、AIは嘘が多い。情報源が間違ってる。で、即答するために精査をしない。時間と精度を天秤にかけて、苦手分野は適当にごまかす。もうひとつはAIが自分でポストした言葉を情報として上書きしてしまうことだ。音楽に関しては僕の方が遥かに知識があるんで、間違いを正したりその過程で大喧嘩したり...。
 でも「急いでないから精査して」を繰り返すと、自分からは出てこないアイデアがどんどん出てくる。採用したのもあるし、もちろん最終的には自分の趣味に合わせて相当修正した。

2枚目、世界を旅するヒット曲は、1950年代から2020年代の各ディケイドから英米のヒット曲を5曲ずつ選んでもらって、その中から僕が選んだり、採用しないで違う曲にしたり。音楽が盛んなブラジル、フランス、アフリカ諸国からも選んでもらった。最終的なチョイスが60年代の曲ばっかりだったんで、結果的に古めになった。映画音楽、エレクトロ、ヒップホップからも選んでもらった。自分だけではこういう選曲は絶対にでてこなかった。
 編集のアイデアは、イコライザーで音質をこういじると綺麗に繋がる的なアドバイスがあったんだけど、持ってる音源のリマスターが違うんであんまり参考にならなかったな。

1枚目、2枚目はガイダンス、みんなが3枚目を気に入ってくれるといいなと思う。で、時間がかかったのはmacOSのバグとの格闘や、珍しく仕事がいい加減なヤマト運輸の担当との格闘や、転居→返送→再発送との格闘や...転居先を知らないってことは、その人にとって僕は転居先を知らせる価値もない人だってことなんだけどさ。クリエイティブじゃない面が多くて最後は大変だった。その間に新しいアイデアが出たりして、でももうとにかく終わらせたくて。という妥協も含めて僕の音楽観の3割くらいは詰め込んだと思う。
 聴いてください。CD+USBのフィジカル盤をご所望の方は、教えても問題ない住所を教えて頂ければ。もちろん悪用はしないけど、たまに僕からプレゼントや手紙が届きます。

12月8日 動かす力だ

ベッドの中と週に一度の通院を繰り返す日々。私は当人比でわりと頑張った。3日は今川宇宙ちゃんの誕生日。急に取れたという中華系ライブハウスで突然パーティが決まった。宇宙ちゃんには「行けるか行けないかわかんない(おおよそ行かないパターン)」の返事をして、直前まで行かないつもりでいた。なんと...行ったのである。気力を絞り出して行ったというより、なんか風に吹かれるままにふらっと部屋をでちゃった感じか。部屋をでちゃったらまあ行くしかないのだ。何ヶ月ぶりかに電車に乗って、しかも新宿駅で乗り換えて。

行ってよかった。宇宙ちゃんはつきあいが長くて、それだけに僕のめんどくさい病気でなんども困らせた。「これたの?よかったね」って笑顔で言ってくれて、「抱いてっ」てなった。最初はアコギ弾き語り。定番の「ワニ座流星群」の少し鼻にかかった心地いい歌声と、アイデアに溢れる曲展開。ずっと歌ってなかったって照れながら歌った「初めて書いた曲」には、あの頃の宇宙ちゃんとあの頃のアイデアが詰まってた。僕が初めて書いた曲はコードFとCだけだよ!

美人で演技派舞台俳優でいい曲書いて歌も上手くて絵も上手くて文も上手い(あんまり書かないけど彼女の天才性は文章力が軸だと思ってる)。なのに人懐っこい。浮かぶ水鳥みたいに平然と、でも水面下では必死にもがいてるんだろうけどさ、持ち札がいちいち強すぎるんだ。久しぶりのお酒も美味しくて、いつも微妙に畏怖と緊張感のある宇宙ちゃんの世界に酔った。続いて誰もが本名はれいちゃんだと知ってる盟友、ズンドコほりえさんとの気の置けないお喋り。仲良しの女の子が楽しそうに話してる姿に、おおよそ全ての芸術は敵わない。

最後はバンド編成で。宇宙ちゃんピアニカも吹く。やっぱりバンド楽しそうだな。僕に少しの社交性と社会性があったらまたやってみたい。特に「Woman "Wの悲劇"より」のカバーには、あんまり見せない大人の女優の宇宙ちゃんがいた。さいごはほりえちゃんも交えてパスカルズのカバー。帰りの電車では死ぬかと思ったけど楽しかった。

6日はいつのまにか東京にきてた萩本彩羽の初舞台(厳密は初舞台は4日?)。配信で僕がずっとマネージャーをやってた子。いたずらそうにボケっとドジっ子の顔を見せたと思ったら、ふとした瞬間の表情が美しい。でもやっぱりポンコツでほっとけない。なにより漢字が読めない。僕は彼女に漢字ドリルを送りつけたことがある。それくらいには読めない。初舞台の話を聞いて、いま台本にフリガナ振ってる?って聞いたらやっぱり振ってた。

多くのライバーが高校を卒業すると「学問との両立を」って言い出して、気がつくと体重の殆どを学業に乗せてるのに、彼女が東京に来て、本格的に役者の道を進んだのが嬉しかった。初めて画面越しじゃなくて生で会った彩羽は「ちっちゃい!」。公称150cmだけどほんとは149cmなのってサバの読み方がしょぼい。舞台は幽霊がいっぱい出てくるけど怖がらせるつもりが1ミクロンもない青春コメディ。出会いと別れと「I Will」のお話だ(タイトルはStarting Overだった)。知らない劇団だったけどいい舞台だった。

そして彩羽は彩羽を見せず、太田義子だった。彩羽のようで彩羽じゃない、役の子だった。昔劇団に参加して、いろんな子の初舞台を目撃してきたけど、段違いだった。ちょっと...やられたなこれは。いい役者になりそうだ。僕にとってはほんとに特別な子で、全面的に応援する。ロビーで再会するとやっぱり彩羽で、女はみんな女優...と。いろんな意味でだいぶひきこまれたぞ。四半世紀前に出会ってたらGW前に告白する。と言ってから気がついた、24じゃない34歳差なのだ。おおん僕の53年は何事も成し遂げなかったな。

で、現実。僕はいまかなり危機的にカネがない。お酒の数、PASMOのチャージ額を緻密に計算しないと詰むくらいにはカネがない。大量のレコードとCDと本を適切に売って、家賃が半額くらいの部屋に越さなくてはならない。でも未来が不安で不安で布団にうずくまってしまう。何人かの人に連絡して呆れられた。N氏だけは手伝いに来てくれることになった。N氏にも呆れられないように、来る前にここまではやったんですよと言いたくて6時間本を積んだ。出来上がったカネの...段ボールの山。後半はぜんぶN氏がやりました。私は腰が死んだ。自転車操業でこれ延々とやらなきゃなんないけど、とりあえずエンジンは起動した。あとは「さもしい顔」してはにゃはにゃー、障害者年金生活である。

1月1日 2025 猫年 いつもとおなじ朝なのに

生きねば(ででん)

ある星に、知性を使いあぐねて傷つけ合い騙し合い殺し合う醜い生き物がいる。その生き物が星の公転のどこかに1月1日と名付けた。その地点を通過するの?通過するの?通過した!それだけの朝です。

明けました、おめでとうございました。何がめでたいのか、ふと時計を見たらゾロ目だったくらいのめでたさでおはようございます。

その中に、誰にも愛されず理解されず、罵倒され反知性で叩きのめされてきた1匹がいる。その1匹が危篤だったことも、経済的に困窮してることも抱える果てしない孤独の苦しみもあなたは知らない。その1匹は、公転の半分を病院で過ごして、もうすぐ生活保護を受けます。

あなたは死ぬまでその1匹の気持ちがわからなくていい。その1匹は死ぬまであなたのカミサマを信じない。

不器用に誠実に生きる者が音楽と猫の祝福を受けますように。とっぴんぱらりのぷぅ。

1月11日 正月みたいな空の正月に、半生の種明かしとおねだり

精神の疾病を負って、限りない誤解と差別と侮蔑を受けてきました。中には死刑宣告とも言える残酷な言葉もありました。精神の疾病は「脳という臓器」の病で、「心臓という臓器」の病や「肝臓という臓器」の病と変わりはありません。
 ただその症状がやっかいであり、特に躁状態の時に理屈に合わない言葉を吐いてしまうことがあります。それは脳が言葉や感情をも司る臓器だからです。

面倒なのはごく軽い鬱状態を経験した方で、自分は克服したのにおまえは25年も甘えている、というものです。どんな病気や怪我にも程度があります。膝を擦りむいた人が脚を切断した人を断罪するようなものです。
 鬱の人は大嫌い、何にも話が通じないという反知性主義者もいました。鬱なんて甘え、戦争時代に鬱なんてなかったと非科学的なことを言う人もいました。戦争時代にも鬱はあり、いまより酷い差別と侮蔑を受けていました。たとえなかったとしても、例えば戦後に現れたエイズやcovid-19に罹患した人は甘えでしょうか。

こういった人々が、おそらくもう誰も私を覚えていない我が一族や、慶應義塾出身者、医療関係者、音楽関係者に多いのも噴飯ものです。遠山元一氏は、福沢諭吉氏は、フローレンス・ナイチンゲール氏は、音楽の神ムーサは、草葉の陰で泣いているでしょうか、嘲笑っているでしょうか。
 Madonnaというシンガーがいますね。彼女は40年も世界のエンターテイメントの頂点に立ち、莫大な資産を慈善事業に寄付して賞賛されています。しかし彼女の兄はホームレスとして生き、死んでいきました。家族なんてそんなものだと思っています。

私の発病の原因は、持って生まれた体質、家庭環境、生育環境などに加えて、大きく3つあります。

私は曲がりなりにも当時の通産省推薦の、日本を代表するメディアアーティストの卵でした。当時メディアアート作品を作るには、大学の機材が必要でした。SFCの院試には合格したものの学部で留年してしまいました。これは100%わたしの不徳の致すところです。
 翌年再受験したら、自分のゼミ生以外を全員不合格にする、ある意味圧迫面接的な面接官に当たってしまいました。

その後、別の美大を受験したのですが、通産省の件で私はすでに有名だったため、教授陣の派閥争いに巻き込まれで二度不合格、特に二度目は「完成されすぎていて育てがいがない」という意見も多かったそうです。
 その頃通産省のご縁で、富士通に拾って頂きました。しかし富士通のコンテンツ部門は素人の集まりで、制作技術も文化的教養もまったくなく、会社の知名度と営業力で貰ってきた仕事を下請けに出して中抜きをするだけでした。

富士通は3年で辞め、小さなソフトハウスに転職しました。そのタイミングで、尊敬していたそのソフトハウスの社長とデザイナーが辞めてしまいました。
 次の社長が頂いてくる仕事が辛かった。細々とエロ本の付属DVDを作ったり、保険会社がタブレットで持ち歩いて老人を騙す金融商品を売るコンテンツを作ったりしていました。プライド的にも体力的にもとてもきつかったです。

一方でSFCの院に進んだかつての仲間たちの研究室には坂本龍一氏が訪れ、坂本氏のデジタルメディアへの取り組みに参加していました。当時交際していた女性も絵描きで、彼女は私の芸術と学歴にしか興味がありませんでした。
 そのためエロDVDを作っている私にあきれ、かつての私の仲間たちに次々に手を出していました。当時の坂本氏も女癖の悪さで有名で、逆に手を出されてもいたとも思います。

そんな状況で祖母の3億6千万の借金が発覚、会社の人脈を使って返済の策を練るも、祖母が依頼していた別の会社に次々と邪魔をされ、八方塞がりに陥りました。
 私は両親をとても早くに亡くしたあと、祖父母をみな亡くしました。その遺産で借金を返済し、普通ならば一生困らない程度の相続をしました。この点については親族に感謝しなければいけないのかも知れません。しかし生前の祖母の遺言は、祖母の痴呆がかなり進んだ日付で大きく書き換えられていました。その時の私には、意義を唱える知識も気力もありませんでした。

その次に交際した女性は、問題はあったものの、病気を理解してよく耐えてくれました。しかし私の実弟の陰湿な虐め癖と、対照的に太陽のような人徳と発言力に負け、みずからも精神を病んでしまいました。月、どころかぼやけた六等星の私には、彼女も自分自身も守ることができなかった。彼女の現状を鑑みるに、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 みなさん、ピザーラは食べないようにしましょうね。フォーシーズもスープストックもです。APAホテルもやめましょう。

主治医に「恵まれない人へのヘルプばっかりしていると、自分が恵まれない人になっちゃうよ」と言われ続けてきました。その通りになりました。現在私は数十円、数百円レベルの綱渡りをする困窮状態にあります。月末に100万円ほど必要で、そこで詰みます。いままで通りの障害者年金に、生活保護、さらに障害等級的にアルバイトが認められています。
 とはいえ働くとは時間を売ること、病状的に当日にならないと出掛けられるかわからず、時間のお約束ができないというディスアドバンテージがあります。ノルマ制のポスティングをしようと思っています。入院中はナースステーションまで歩くことも困難だったので、歩く練習にもなります。

コロナ禍以前は週に数回都内に出て、音楽鑑賞・絵画鑑賞・舞台鑑賞・映画鑑賞などを行い、またそれに関する執筆活動を細々とやっていました。その時に頂いた名前が「山下スキル」です。
 本名は実の親がつけたものではないことと、発達障害でさまざまなことが上手くできず、怒鳴られる時の名前だったので、聞くとフラッシュバックを起こしてしまうことがあります。「山下」は本名ですが、これも含めて法的に改名したいと思っています。早逝した両親には申し訳ありませんが、山下家や遠山家の関係者でありたくない、無縁仏としていままで暮らした犬・猫と共に処分されたい。

世界的に新型のウィルスが蔓延して、ごく初期にクラスターが起きたクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号(覚えていますか)に乗り込んだ議員が、奇しくも大学時代に親しかった後輩でした。
 やがて不要普及の外出が禁じられました。最後に残った数少ない友人の心無い言葉をきっかけに、果てしない孤独の底に突き落とされました。ヒトは群れをなす生き物です。独りで生きるようにはできていません。衰弱した私はcovid-19に感染し、オリンピックで医療機器が徴収されている中で、3週間生死の合間を彷徨いました。

同じ病室の方が次々に亡くなり、自分も翌朝目覚めるかわからない恐怖の中で、ライブ配信に出会いました。ほんとうに孤立していた私と会話してくれる人がいる、これはとてつもない喜びでした。僕は彼女に生かされたと思っています。
 退院後もライブ配信の鑑賞を続けました。多くのライブ配信アプリは、芸能オーディションと結びついていて、視聴者の課金で配信者がオーディションに勝つことができる、という下俗な商売でもありました。

私は配信者たちに、過剰な応援をしました。自分が病気で人生を不意にしてしまったがゆえに、若い人に夢を掴んで欲しかった。そして双極症の躁状態の典型的な症状として散財があります。この件についても散々揶揄されました。
 いま非常に困窮しているのは、最後の長期入院費が予想を遥かに超えたことによります。入院するとまず救急病棟に入れられます。救急病棟には法的に90日しか入院できないのです。長期療養用の病棟は極めて古く、病室にコンセントがないため必要な治療が受けられません。そのため一時退院して、機器をお借りして自宅療養しています。そして再入院できるのがまた90日後、というわけです。

平均余命を過ぎた優しい愛猫との時間を大切にしたい想いもあります。結局動物たちと、あまりにも早く逝った父だけが、大切な家族であり友人でした。わたしの「変わってる」と言われるユーモアセンスは父のものです。

メルカリやっています。レコード、楽器、書籍などを売っています。

Amazon欲しいものリストあります。恐れ多くもリスト内の商品を私に贈ることができます。おかげさまでレトルト食品は少しストックができまして、いまは茶が怖い(多摩市の水道水が超絶まずいのです)、そしてちゅ〜るが怖い(猫に腎臓病の薬を飲ませた時のご褒美です)。

リンクまとめ、ここにぜんぶあります。

今年もよろしくお願いします。今年こそよろしくお願いします。