THE BEACH BOYS 1967-1970

Brianが幻のアルバム「SMiLE」に一人で取り組んでいる間に、ロックを取り巻く環境はすっかり変貌していた。捨て身の切り札だった「SMiLE」が崩壊してしまっては、もう流れを自分達の方に引き戻すのは無理だった。Brianはパラノイアに沈み、残りのメンバーが「SMiLE」の残骸を拾い集めて見よう見まねで組み上げた「Smiley Smile」は、久々の駄作になった。
 ところが、Brianがだんだんオーラを失っていくに連れて、それまで引き立て役だった他のメンバーが潜在的な才能をむくむくと開花させて、Beach Boysはロックバンドらしい対等なコンポジションを確立することになる。この時代の作品、実は人気がない。当時のアメリカのリスナーは、Beach Boysを過去の遺物と決めつけて、彼らの変化に理解を示さなかったのだ。ところがイギリスでは、この時代こそがブームの絶頂期だった。初期のBeach Boysの爽やかなコーラスは無二の魅力だが、この時代ならではのドライヴ感やソフトロック的なアプローチも、今のリスナーにとってはまた別の魅力として楽しめるはず。

Heroes And Villains 1967年7月

アルバム「Smiley Smile」の先行シングル。

Smiley Smile

 1967年9月

「SMiLE」と共に崩壊したBrianを見て途方に暮れたメンバーが、とりあえずSMiLEの残骸をかき集めてみたアルバム。これまでBrianに頼りっきりだった彼ら、クリエイターとしてはまだまだ未熟だったようだ。
 とはいえ、「SMiLE」の音源が残っていたにもかかわらずそれを放棄して、新たにレコーディングを始めた彼らの判断は正しかった。「SMiLE」の緻密でノスタルジックな音像は今だったら受けるかもしれないが、1967年当時では受け入れられなかっただろう。このアルバムは「Sgt.Pepper's」の猿真似アルバムに共通の質感を持つ、正しい「似非サイケ」に仕上がっている。演奏の基調になっているのは、ドライなリズムとジトっと停滞したオルガンの音。Stereo Labのアナログなトランス感を連想させる。「SMiLE」の再録曲「Wonderful」や「Vegatables」は、オリジナルバージョンと聴き比べると無理していることがわかる。むしろ新曲の「Little Pad」や「Gettin' Hungry」の方が素直に楽しめる。
 Beach Boysの歴史を俯瞰した上でアイデアの断片集として聴けば、実はこのアルバムそれなりに面白いのだ。デモテープを聴いて舞台裏を覗いているような。ただ「Pet Sounds」に続くニューアルバムとしてこの音を聴いた当時のリスナーは、がっかりしただろう。

Gettin' Hungry Brian Wilson & Mike Love 1967年7月

アルバム「Smiley Smile」からのシングルカット。Brian Wilson & Mike Love名義。

Wild Honey 1967年10月

アルバム「Wild Honey」の先行シングル。

Darlin' 1967年12月

アルバム「Wild Honey」の先行シングル。

WILD HONEY

 1967年12月

前作の失敗を慌てて隠すように高速でリリースされたアルバム。これが嘘のように出来がいい。
 雑誌のレコード評を読むと、R&Bに挑戦した異色のアルバムということになっているけれど、それはリーダーシップをとったCarlの趣味嗜好が素直に反映されただけのこと。一連のスマイル騒動から立ち直って傑作「SUNFLOWER」に至る出発点と思えば、彼らのディスコグラフィーの中にしっくりと収まる。

このアルバムの魅力は、コンパクトにまとまったバンド演奏ならではのグルーヴ感だ。アイデアに溢れたリズムが乾いた音を奏でる楽しさ。リラックスした和やかな雰囲気。そして親しみやすいメロディ。初期の作品のような緻密なサウンドが影を潜めて、シンプルで薄い演奏になっているのは、「低迷」なんかではなく時代の変化を察知する感性だ。このアルバムや次の「Friends」を聴くと、この頃のBrianの作曲能力はまだまだ枯れていなかったことがわかる。「SMiLE」で全てを失ったかのような言われ方をしているけれど、彼の心の中で起きたことはそんな単純な話ではない。
 お題目通りR&Bの躍動感を感じさせるのはタイトル曲「Wild Honey」や「Darlin'」、「Here Comes The Night」あたり。名曲「Darlin'」は、Carlの青臭いシャウトがちょっと。この曲はライブで歌い込まれるにつれて、楽曲のよさがどんどん引き出されることになる。そのほかの曲は、シャッフルのリズムも楽しい穏やかな小品たちで、Brianのメロディメーカーぶりにニコニコ。「Friends」が好きだったら、このアルバムもじっくり聴いてみれば楽めるはず。

Friends 1968年4月

アルバム「FRIENDS」の先行シングル。

FRIENDS

 1968年6月

「Wild Honey」の後を受けて、穏やかでかわいい小曲の魅力をさらに掘り下げたアルバム。この時代には珍しくセッションミュージシャンを多用しているそうだが、そんなよそよそしさは微塵も感じさせない、「友達」の気負いのない空気が漂う素晴らしい作品だ。

このアルバム、レコード評によると「ソフトロック」という言葉で形容されることが多いようだが、少なくとも僕のイメージするソフトロックの爽快感とはちょっと違う。むしろ木管楽器が似合う室内楽みたいなツヤ消しのサウンド、秋の陽だまりのような枯れた暖かさが漂っている。かわいいのに決して少女趣味にならない絶妙な匙加減だ。ずば抜けた1曲はないものの地味な佳曲揃いで、導入部分の短いコーラス「Meant For You」からしていきなり美しい。木管の手触りがあったかい「Wake The World」、ボサノヴァタッチの「Busy Doin' Nothin'」も素晴らしいし、インスト曲「Diamond Head」は乾いたウクレレとMartin DennyみたいなSEの湿気のコンビネーションがなんとも気持ちいい。Pizzicato Fiveもカバーしたスキャット「Passing By」は、High Llamasの演奏で聴いてみたい。
 心穏やかに楽しんでいると、ラストの宗教勧誘ソング「Transcendental Meditation」でがっかりする。彼らは68年にもなって、Maharishi Mahesh Yogiに傾倒していたのだ。本来ならここに「I Went To Sleep」が入るはずだったそうなので、編集して聴いてみることをお薦めする。

Do It Again 1968年7月

アルバム「20/20」の先行シングル。全英No.1を記録。

Bluebirds Over The Mountain 1968年12月

アルバム「20/20」の先行シングル。カップリング「Never Lean Not To Love」はアルバムとは別テイク。

20/20

 1969年2月

人気があるらしいけど、僕にはなんとも掴みどころのない1枚。各メンバーがそれぞれ1人で自分の楽曲をプロデュースしているので、曲によって音の手触りが全然違うのだ。創作意欲を失ったBrianを見て、いつか彼がいなくなる日に備えて個人練習をしているみたい。習作集という印象が拭えない。

Brianの「Do It Again」はライブでも定番になった名曲だが、この曲だけモノラル録音で音が引っ込んでいる。シンセドラムみたいな潰れたスネアの音が耳障りで、ライブでの躍動感あふれる演奏とは比べ物にならない出来だ。「Friends」のつや消しのサウンドを継承した「Time To Get Alone」は聴きもの。3曲を提供したDennisは、このアルバムで大仰なバラードの作風を確立する。しかしまだ大仰加減をコントロールできていないようで、どんよりと重たい空気を振りまいてしまった。Beach Boys加入前からヒットメイカーとして活躍していたBruceの作品は、オルゴールまで出てきちゃう甘ったるいインストで、結婚披露宴のBGMみたい。
 そんな中でCarlは本領を発揮、Ronettesのマイナーヒット「I Can Hear Music」を取りあげて、カッティングギターも気持ちいい爽快なアレンジに仕上げた。シンプルなリズムが耳に馴染んだ頃にフッとふくよかなアカペラが入りこんでくる構成のうまさ。Pete Townshendがこの演奏を絶賛したのは有名な話だ。そして最後はなぜか「SMiLE」の残りもの「Cabinessence」でお茶を濁す。出来は当然いいんだけど。結局このアルバムで何がしたかったのかさっぱりわからない。

I Can Hear Music 1969年3月

アルバム「20/20」からのシングルカット。

Break Away 1969年6月

アルバム未収録のシングル。名曲。父Murry Wilsonとの唯一の共作。各種ベストアルバムにて。

Add Some Music To Your Day 1970年2月

アルバム「SUNFLOWER」の先行シングル。

Cottonfields 1970年4月

アルバム「20/20」からのシングルカット。大幅に改良された再録バージョン。

BEACH BOYS'69 LIVE IN LONDON

 1970年5月

Beach Boysのライブアルバムの中ではお薦めできる1枚。アメリカでさんざんバカにされていたこの時代、彼らの理解者はイギリスのファンだった。このアルバムでは、妙に反応のいいロンドンの観客を前にして「なんだ俺たちまだいけるじゃん」なんて調子づくバンドの興奮気味の演奏が聴ける。

このアルバムには、演奏に対する観客のリアクション、観客の熱気にあおられて白熱するステージという、ロックンロールのベーシックな対話のありかたがパックされている。「Do It Again」のイントロで手拍子を煽るMikeに応える観客のシャウトがやけにかっこよくて、聴いてるこっちまで「応援してくれてありがとう」の気持ちになる。
 演奏はメンバー自身によるものだが、Brianのボーカルパートだけはホーンで代用している。オリジナルバージョンを聴き込んだ耳には、ここでBrianのファルセットが入るはず、のところで入ってこないとちょっと物足りなさを感じるかも知れない。でも聴いてるうちに、ホーンが楽曲にまた違ったダイナミズムを与えていることに気づく。65年以降の楽曲に絞った選曲もイギリスならではで、特にアルバムではこなれてなかった60年代後半の楽曲のパワフルな変貌ぶりには驚かされる。