THE BEACH BOYS 1970-1973

Beach Boysは「SMiLE」の失敗とともに散ったという人がいるが、人知れぬところでもうひと花、大きなヒマワリを咲かせていた。その名も「Sunflower」。「SMiLE」以前のBeach Boysが「天才Brianと愉快なコーラス隊」だったとすると、この時代は各メンバーが対等にアルバムに愛情を注いで試行錯誤を繰り返す、民主的なロックバンドだった。しかし過去の遺物と嘲笑われていた当時の彼らは、どんな試みも報われることはなかった。焦りは失策を呼び、よたよたと迷走を続けて何枚かの珍盤・奇盤を生んだ。有名なジャーナリストをマネージャーに雇ってみたり、黒人ミュージシャンを迎え入れてバンド名を変えてみたり、オランダに長期滞在してみたり。ところがこの時期に蒔いた種は、40年以上も経ってそのいびつな魅力が注目を集め、現代のロックに微妙な影響を与えることになる。

バンド存続への希望は意外なところからやってきた。充実したライブ活動がじわじわと評判を呼んで、ライブアルバムが小ヒット。これに便乗する形で初期のヒット曲を集めたベストアルバムをリリースしたところ、リバイバルブームが巻き起こってしまったのだ。ところが、やっと掴んだチャンスにすがりつく彼らはこの時代の貴重な試みを放棄して、また新たな失敗を招くことになる。

Slip On Through 1970年6月

アルバム「SUNFLOWER」の先行シングル。

SUNFLOWER

 1970年8月

ロックバンドとしてのBeach Boysの最高傑作は間違いなくこのアルバム。初期の作品みたいに、照りつける太陽の下で戯れるスノッブな少年少女の明るさじゃなく、タイトル通りヒマワリみたいな力強さと静けさ、同じ輝く海でも人影はまばらな感じの作品だ。

「Brianいないけど僕たち頑張ってみました」感の残る前作から1年、各メンバーの作る楽曲はBrianに匹敵するクオリティになってしまった。特にヘビーなDennis、スウィートなBruceの作品がバンドのカラーを大きく広げて、バラエティ豊かなアルバムに仕上げた。Dennisの作品で光るのは冒頭のソウルフルで力強い「Slip On Through」。ハスキーなDennisの声にからむコーラスの躍動感よ。Beach Boysの中でも一番ロックのパッションを感じさせる曲だ。そしてバラードの傑作「Forever」。あまりにもシンプルなラブソングに普遍的な説得力を持たせてしまうボーカルの力、臭くなる直前で押さえた演奏に替わってコーラスで彩りをそえる絶妙なプロデュースに感涙。
 かわってBruceの「Deirdre」は、フランス趣味まるだしの穏やかなポップソングだ。そして「Tears In The Morning」は切ないマイナーヨーロピアンバラード。アコーディオンのアレンジが効いていて、同じメロディの繰り返しであることを気づかせない。Brianも快調で、70年代らしい瑞々しさを掴んだポップソング「This Whole World」、アコースティックギターとコーラスの広がりが心地いい「Add Some Music To Your Day」、「SMiLE」時代の小曲をベースにした清廉な「Cool Cool Water」を提供した。

どの曲にもバンド演奏ならではのコンパクトなまとまりとキャッチーなコーラスがつまっていて、独特のリラックスした空気を共有しているので、アルバムとしてとても聴きやすい。特にコーラスは、初期のアルバムで聴けた少年合唱団みたいな分厚さとは違う、70年代らしい乾いた手触りを楽しむことができる。
 このアルバムが売れていたら、洗練されたソフトロックバンドとして第2の黄金期を築いていたかも知れないが、既に嘲笑の対象になっていたBeach Boysは、これだけの作品を作っても全米チャート151位程度の存在だった。

Tears In The Morning 1970年10月

アルバム「SUNFLOWER」からのシングルカット。

Cool Cool Water 1971年3月

アルバム「SUNFLOWER」からのシングルカット。エディットバージョン。

Long Promised Road 1971年5月

アルバム「SURF'S UP」の先行シングル。

SURF'S UP

 1971年8月

「SUNFLOWER」のテンションを保ちながら、時代の空気を敏感に吸い込んで暗く重い影をつけたアルバム。といっても時代の空気を察知したのはBeach Boys自身ではない。ジャーナリストでもあるマネージャーのJack Rieleyだ。

「SUNFLOWER」を支えていたDennisは、俳優業やソロ活動に力を注いでいたため、このアルバムへの楽曲提供はなし。その代わりに存在感を増してきたのがCarlとAlだ。Carlの「Long Promised Road」は、バラードシンガーとしての自分とロックシンガーとしての自分を両方アピールする傑作。この路線は85年の「It's Gettin' Late」まで続く。Alは楽しいノベルティソング「Take A Load Off Your Feet」を提供。車のクラクションや鍋を叩くSEの使い方が絶妙で、重苦しいアルバムの中でほっこりさせられる一瞬だ。
 前のアルバムでも大活躍だったBruceは、最高傑作「Disney Girls」を提供した。「現実」の似合わない僕が甘酸っぱい初恋の想い出に逃避するストーリーと、ナイーヴで儚気なボーカル、左右に揺らぐエレピが見事に融合した、女の子受けしそうなバラードだ。ただし実際こういう男はもてない。Brianは、アルバムを象徴するような静かでスピリチュアルな「'Til I Die」を提供。そして「SMiLE」のハイライトになるはずだった壮大で繊細なバラード「Surf's Up」をリメイクした。

時事性を折り込んだJack Rieleyの狙いは当たったようで、アルバムはそこそこのヒットを記録する。しかしBruceとそりが合わず、バンドは優秀なソングライターを失う結果になった。

Long Promised Road 1971年10月

カップリングを代えて再発。売れると思ったのかなあ。

Surf's Up 1971年11月

アルバム「SURF'S UP」からのシングルカット。

You Need A Mess Of Help To Stand Alone 1972年5月

アルバム「So Tough」の先行シングル。

So Tough

 1972年5月

ヒットメイカーになり得たはずのBruceが脱退、そしてBrianとDennisはすっかり薬漬け。困り果てたCarlは、元FlamesのBlondie ChaplinとRicky Fataarを正式メンバーとして招き入れて、バンドの建て直しをはかった。かくしてBeach Boysは、本物の黒人ミュージシャンがリズムを固める似非R&Bバンドに変貌。このアルバムはBeach Boysではなく、Carl&Passions名義で発売された。

意外にもファンキーに仕上がっているのは薬漬けBrianの2曲。Blondie / Rickyの曲も、Beach Boysらしさはないもののなかなかキャッチーだ。一番の聴きものはAlの「All This Is That」。淡々としたオルガンのフレーズに、ファルセットのコーラスが飛び交う静かで愛らしい小曲だ。ドラマーの座を奪われたDennisは、ソングライターとして壮大なバラード「Cuddle Up」を提供。どう考えても大げさなオーケストラにDennisの存在感あるボーカルが対峙して、これはこれでかっこいいのではないかと錯覚させる出来になっている。
 この編成でファンキーな歌謡R&Bアルバムを作ればよかったように思うんだが、なぜか前作以上に内省的で地味な作品だ。そのへんの方向性の中途半端さが鼻につくらしく、このアルバムはいまだにファンの間で思いつく限りの罵りを浴びている。70年代末の駄作と比べればだいぶましだと思うんだがな。

Macella 1972年6月

アルバム「So Tough」からのシングルカット。

HOLLAND

 1973年1月

バンド名をBeach Boysに戻し、オランダに8ヵ月も滞在して録音されたアルバム。「Disney Girls」のない「Surf's Up」というか、King Crimsonがアルバムに1曲は入れる静かな小曲を集めたみたいな、地味で色のない作品だ。

目玉はアメリカに帰ってからシングル用に録音した1曲目の「Sail On Sailor」。ねじくれたリズムとBlondieの粘っこいボーカルが耳に残る力強いナンバーだ。2曲目からは印象の薄い小曲がもそもそと続くが、ひっくり返してB面にするといきなりやる気を盛りかえす。
 Carlは例によってファンキーなロックとセンチメンタルなバラードが同居する「Trader」を提供。物語調になっていて構成にも無理を感じさせない名曲だ。続くBlondie / Rickyの「Leaving This Town」は、いかにも70年代的なヘビーなロックバラード。間奏のムーグソロが泣ける。そして最後はBrianのファンキーでプリティな「Funky Pretty」で唐突に終わる。言葉遊びと間抜けなSEが楽しい1曲だ。

異国の地で精神不安定だったBrian、いじいじとお伽話の組曲を作曲したのだが、そのアヴァンギャルドな仕上がりにメンバーは唖然、でも却下するとますますいじけるので、やむなくおまけシングルとして同封することになった。例によってオールドファンには非常に評判が悪いが、いやいやこれが素晴らしい、早すぎたエレクトロニカ。ただナレーションがじゃまなので、このアルバムじゃなくボックスセットに収録されたインストバージョンの方でお楽しみを。

Sail On Sailor 1973年2月

アルバム「HOLLAND」からのシングルカット。

Calirornia 1973年2月

アルバム「HOLLAND」からのシングルカット。ミックス違い。

THE BEACH BOYS IN CONCERT

 1973年11月

レコーディングでは地味だったものの、ステージでは絶頂期にあった当時のBeach Boysの迫力を伝えるライブアルバム。

70年代前半のBeach Boysの集大成との声もあるようで、「So Tough」や「HOLLAND」で消化不良を起こしていたナンバーが、よりグルーヴィーに生まれ変わっている。特にBlondie / Rickyの曲が見違えるほどよくなって、2人もこれなら加入した甲斐があったというもの。
 ただ、70年代の彼らならではの枯れた空気が嫌いじゃない僕にとっては、あまりにも派手な演奏がちょっと息苦しく感じられることがある。特にパーカションは叩き過ぎだ。「動」と「静」の対比が命のカールの曲は、静のパートに入ってもまだ動の息切れが残っていてメリハリがない。むしろ原形と大きくかけ離れた60年代の作品の方が素直に楽しめる。Brianの手でガラス細工のように作られた繊細なナンバーが、荒っぽい70年代ロックに変貌する快感。しかしこのアルバムを最後にBlondieとRickyは脱退、バンドは悪夢の時代へと突入する。